「クロニクル通信」バックナンバー
※『クロニクル通信』の著作権は評論社編集部にあります。
同社の許可を得てバックナンバーを掲載しています。
最新号はこちらの評論社サイトでご覧下さい。
23号 24号 25号
「クロニクル通信」
トップページ
HOME
「クロニクル通信」23
― 第3巻『魂食らい』、早くも重版です!―
 
クロニクル千古の闇 3.『魂食らい』
ミシェル・ペイヴァー作 さくまゆみこ訳
酒井駒子画 定価1890円(税込)
2005年に第1巻『オオカミ族の少年』が、2006年に
第2巻
『生霊わたり』が、そして今年4月に第3巻
『魂食らい』が刊行された「クロニクル千古の闇」
シリーズ。

第3巻は「いつ刊行されるの?」「早く読みたい!」と、
たくさんの読者の方が待ってくださっていまし
た。読者カードなどの反応も早く、たいへんうれしく拝見しています。
みなさま、ありがとうございます!

おかげさまで
『魂食らい』は、刊行後1か月で、
早くも重版が決定しました!

……というわけで、今回の「クロニクル通信」は、
『魂食らい』特集です。
読者のみなさまから
『魂食らい』
お寄せいただいたイラストや感想をお届けいたします。
どうぞお楽しみください!
<イラスト紹介>
<長野県 H・Yさん>
髪を短くしてシロギツネ族の
しるし(鼻の上に太い線)を描き
変装(?)したトラクと、同じく
ユキウサギ族のしるし
(額にジグザクもよう)を
つけたレン。
トラクは本当はオオカミ族で、
レンはワタリガラス族ですが、
『魂食らい』では
こんなかっこうに。
ウルフもちょっぴり
大人っぽい姿です。
このとき20か月の若オオカミ。
よく読み込んでくださってますね!
<神奈川県 備多屋モカさん>
『魂食らい』の第20章のイラスト。
トラクを助けようとして
せまい穴にもぐりこんだ
レンの頭にうかんだ思い出の
映像を見事に視覚化!
レンは8度めの夏、おじであり、
ワタリガラス族の族長である
フィン=ケディンに弓をつくって
もらいます。
川にはまったレンを救いだし、
肩車するフィン=ケディン。
めったに笑わない族長が、
めずらしく微笑む場面です。
ふたりの間にある
信頼感も伝わってきます。
<神奈川県 備多屋モカさん>
『魂食らい』の舞台は極北の地。
シロギツネ族は、この地で
生きる知恵をゆたかに
備えています。
トラクとレンが知り合う
シロギツネ族のイヌクティルク。
雪焼けの肌に暖かい上着、
鼻に氏族のしるしがあります。
犬ぞりの子犬は、
足裏保護のためちゃんと
皮のくつをはいています。
主要人物ではないけれど、
味の ある脇役たちを、
モカさんは、イキイキと
描いてくださいました。
<読者カード紹介>
遠い遠い昔の中に誘いこまれ、一気に読んでしまいました。
また一年も待たなければならないのでしょうか。<岡山県・77歳の女性> 
申し訳ありません。本国イギリスでも1年に1冊の刊行になっています。
どうぞ6巻まで気長におつきあいください。(編集部)
もうすでに中間に入っていると思うと悲しくなってきます……(オイ)。
自然を想像できるような美しい描写。そして表紙も美しいし、最高です!
次回がすごく楽しみ!
 <宮城県・15歳・高校生>
たしかに!もう6巻中3巻まできたんだなあと思うと、
もっと続いてほしい気がしてきます。(編集部)
今回も雪の中を私も寒さと恐怖に震えながら一緒に旅しました。
ファイアオパールのために命を投げ出そうとするレン。その美しい横顔が目にうかぶようです。
第4巻が待ち遠しいです。<東京都・主婦の方>
3巻でのレンの活躍には目を見はりましたね!
裏話ですが、はじめ、3巻の表紙はレンのイラストになる予定でした。
6巻中、いつかレンの姿が表紙で見られると思いますよ。(編集部)
3巻の発売までウズウズして書店通いでした。パソコンで発売を知り、
もうあわてて本屋さんに電話して胸のたかなりをおさえてすぐにとりおきしてくださいと言いました。
ミシェル・ペイヴァー先生スゴイ!<神奈川県・13歳・中学生>
昨年、ミシェルさんが初来日なさいました。
とてもよく気のつく、やさしくてステキな女性でしたよ。
今は、4巻を仕上げ、5巻の原稿にとりかかっていらっしゃる
ころかと思います。(編集部)
※『クロニクル通信』の著作権は
評論社編集部にあります。
同社の許可を得て
バックナンバーを掲載しています。
最新号はこちらの評論社サイトでご覧下さい。
23号 24号 25号 TOP
「クロニクル通信24」
――イギリスで第4巻が刊行!――
 

▲イギリス版OUTCAST表紙。
ご好評をいただいております
「クロニクル千古の闇」シリーズ。
日本では3巻までが発売中ですが、
イギリス本国では、この9月に
第4巻"OUTCAST"が刊行されました!

イギリス版の表紙をごらんください!
今回はヘビがデザインされています。
1章の書き出しも、ヘビの描写から……
4巻では、この生き物が
キーワードになるようです。

さくまゆみこ先生がただいま翻訳に
取り組んでくださっています。
日本語版の仮題は『追放されしもの』
……2008年4月刊行予定です。
どうぞ、もうしばらく楽しみにお待ちください!
<好評発売中>
 1巻 オオカミ族の少年  2巻 生霊わたり
 3巻 魂食らい

  ミシェル・ペイヴァー作 さくまゆみこ訳 酒井駒子画 
              各定価1890円(税込)
<最近の読者ハガキから、読者の声をお届けします。>
主人公トラクの行く末がとても心配。自分の子どものようで。ウルフとの仲も心が温かくなります。
この物語に夢中。近年になく楽しい読み物です。第4巻が待ち遠しいです。(東京都・57歳・女性)
ありがとうございます!
「自分の子どものよう」と言ってくださったのが印象的です。(編集部)
巻を追うごとに、そしてページをめぐるごとにおもしろくなっていく。
次はどんな謎と冒険が待っているのか、すごく楽しみ。(青森県・18歳・学生)
第4巻では、ワタリガラス族のレンの秘密も
明らかになるようですよっ!(編集部)
クロニクル千古の闇1『オオカミ族の少年』、本を読まない僕が毎日のように読めた本で、
とても感動しました。今は続巻の『生霊わたり』を読んでいます。
ウルフはどうなる?生霊わたりとは?とても先が楽しみです。
作者のペイヴァーさん、訳者のさくまゆみこさん、画家の酒井駒子さん、
これからもがんばってください。(茨城県・14歳・学生)
皆さんからの励ましのお言葉、先生方にお伝えしています。
ありがとうございます。(編集部)
なぜファイアオパールだけが、あくりょうをしはいできるのか知りたいです。あるきやは何者?
                                            (群馬県・8歳・小学生)
編集部でも、それはまだ「謎のまま」としかお答えできませんが、
どうぞ続きの巻を待っていてくださいね。
「歩き屋」がだれなのか、
ペイヴァーさんにはちゃんと答えがあるようですよ。(編集部)
昨年、たまたま手に取った『オオカミ族の少年』。
一ページ目からグングン物語の世界へ、古代の森へ引きこまれていったなあ……
こんな本との出会いは衝撃的でした。第3巻が出るのを待って待って、待つ間に
1,2巻を読み返して待ちました。ウルフに幸せになってほしいな。
でもウルフの幸せって何だろう???(兵庫県・40歳・女性)
ウルフの幸せ…・・・は今のところトラクといることでしょうか???
でも、ほかの幸せも作者は考えていらっしゃるにちがいありません。
評論社内部でもウルフファンは多いです。(編集部)
新刊がでるのを楽しみにしております。
トラクは少年なのにずいぶん経験主義になっていると思われます。
酒井駒子氏の画による表紙は華麗です。
本屋でも思わず手に取ってしまったわけです。 (東京都・28歳・男性)
酒井駒子さんの絵に惹かれた、という読者ハガキは
たくさんいただいております。ありがとうございます。
作者のペイヴァーさんも、「すばらしい絵!」とおっしゃっています。
                                    (編集部)
★みなさまからの声、お待ちしております!
※『クロニクル通信』の著作権は
評論社編集部にあります。
同社の許可を得て
バックナンバーを掲載しています。
最新号はこちらの評論社サイトでご覧下さい。
23号 24号 25号 TOP
「クロニクル通信」25
今年4月に刊行予定で
ただいま翻訳中の
Outcast
(仮題は『追放されしもの』)。
「クロニクル千古の闇」シリーズ
第4巻にあたります。
翻訳のさくまゆみこ先生に
お願いして、刊行を待って
くださっている読者の
皆さんのために、第1章の
原稿をいただきました!
第1章で、いきなりトラクは、
大変な窮地に立たされることに。
さくま先生いわく、「この巻では、
いろいろな秘密が明らかに
なりますよ!」
全文を読める日に期待しつつ… 
どうぞ第1章の書き出し部分を
お楽しみください!
▲ミシェル・ペイヴァーさんから届いた新年のメッセージ
 「皆さんが元気でハッピーでありますように。
 私は第5巻のOath Breakerの執筆にけんめいにとりくんでいる
 ところです。5巻では、トラクとレンとウルフは、深い森のさらに
 奥深くにふみいります!
 どうぞよい新年を。   ミシェルより」


 
*当初、第5巻の仮題はEarth Shaker(『大地ゆるがすもの』)でしたが、
   変更されたそうです。 (編集部)
<クロニクル千古の闇4>Outcast(追放されしもの) 
*この原稿は2007年12月現在の仮のものです。出版される本とは表記等違うところがあることをお断りしておきます。
 第1章
 クサリヘビが一匹、川岸をするするとおりてきて、つややかに光る頭を水に近づけた。トラクはその数歩手前で立ち止まり、ヘビが水を飲むのを見守ることにした。
腕が痛くなってきたので、トラクはかかえていた枝角を下におき、ワラビのしげみに身をかがめてヘビを見つめる。賢いヘビは、いろいろな秘密を知っている。もしかしたらこのヘビが、トラクが抱えている秘密の解決法を教えてくれるのではないだろうか。
 クサリヘビは、のんびりと水を飲むと、トラクのほうに頭をもたげ、チョロチョロと舌を出してにおいをさぐった。それからとぐろをほどくように向きを変えると、シダの茂みの中に消えていった。なんのヒントも、あたえてはくれなかった。
 でも、ほんとうは、ヒントなど必要はないのだ。何をするべきかは自分でもわかっているはず。 きちんと話をすればいいだけだ。野営地にもどったらすぐに、こう言えばいい。「レン、フィン= ケディン、二月ほど前、あいつらが、ぼくを押さえつけて、ぼくの胸にこのしるしをつけたんだ。 だから……」
 いや、だめだ。それじゃあ、うまくいかない。きっとレンは顔をしかめてふんがいするだろう。
「わたしは、あんたの親友じゃなかったの! それなのに、二月もの長いあいだ、秘密にしてただなんて!」 
 トラクは、両手で頭をかかえた。
 しばらくすると、ガサガサいう音が聞こえた。顔をあげると、向こう岸に一頭のトナカイが見えた。トナカイは三本の足で立ち、生えかけている枝角を後足のひづめでせわしなくかいている。トラクが狩りをしていないのを感じとって、トナカイはかきつづけた。生えかけの枝角から血がにじむ。ひどいかゆみから逃れるには、痛めつけるしか手がないのだろう。
 ぼくも同じことだ、とトラクは思った。痛くても、ひそかにしるしを削ってしまうほうがいい。それなら、だれにも知られずにすむ。
 ただし、痛みはなんとかがまんできるとしても、それだけではうまくいかないのが問題だった。入れ墨を取り除くためには、ちゃんとした儀式を行わないといけないのだ。そのことは、レンの手首にあるジグザグの入れ墨をもちだして、遠回しに聞き出してあった。
「ちゃんとした儀式をしておかないと、しるしが戻っちゃうのよ」と、レンは言っていた。
「戻るだって?」トラクはぞっとした。
「そうよ。見えなくなっても、なくなったわけじゃないんだもの。骨の髄の深いところに残ってるのよ」
 レンから儀式についてそれ以上のことを聞き出すのは、どうして知りたいのかを言わないかぎり無理だった。
 トナカイは、いらだったように体をふるわせると、森のほうへ去っていった。トラクは、アカシカの枝角を拾い上げ、野営地に向かって歩き出した。これを見つけたのは運がよかった。大きい枝角だから、みんなで分けることができるし、釣り針をつくったり火打石を砕くハンマーをつくったりするのにぴったりだ。フィン=ケディンは喜んでくれるだろう。トラクは、そのことだけを考え ようとした。
 でも、それはむずかしかった。秘密というものがどんなに苦しいものか、こんなことになるまで トラクにはわかっていなかった。秘密は片時も頭から離れてくれない。レンやウルフといっしょに狩りをしているときでさえ、どうしても考えてしまう。
 いまは「サケ走りの月」に入ったばかりで、冷たい風が魚の強いにおいを運んでくる。トラクがマツ林をくぐって進んでいくと、キツツキが散らかした樹皮のかけらが靴の下でザリザリ音を立てた。長いこと氷に閉じ込められていた〈緑の川〉は、サラサラとささやき、右手には、〈折れ尾根〉へとつながる岩壁がそそりたっている。岩壁にはところどころ傷があるが、それは氏族たちが、狩りに幸運をもたらすという赤い粘板岩を削ったあとだ。今も、だれかが石を切り出しているらしい。カチンカチンという音が聞こえてくる。
 ぼくもやらなくちゃ、とトラクは思った。新しい斧をつくらないといけないのだ。とにかく何かをやっていないと。
「このままじゃだめだ」トラクは声に出してひとりごとを言った。
「そのとおり。だめさ」声が聞こえた。
 歩幅にして十歩ほど上の岩だなに、四人の少年と二人の少女がかがみこみトラクをにらんでいた。イノシシ族とヤナギ族だ。イノシシ族は、茶色の髪を前以外は肩のところで切りそろえ、首からイノシシの牙をさげ、ごわごわした毛皮を肩にかけている。ヤナギ族は、樹皮を編んでらせん状にしたものを胴着にぬいつけ、額に黒い葉っぱを三まい入れ墨でかいているので、いつも眉をしかめているように見える。みんな、トラクより年上だ。少年たちは薄いひげを生やし、少女たちの氏族をあらわす入れ墨の下には赤い線が短く一本引かれている。月のものがもう始まっているしるしだ。
 六人はそこで石を切り出す作業をしていた。まとっている鹿皮に、石くずがついているのが見える。目の前の岩壁には、木の幹に足がかり用の切れ込みを入れた木の幹が立てかけてあった。これをはしごにして岩だなに上がったのだ。でも、今はみんな採石の作業には飽きているらしかった。
 トラクもにらみ返した。おびえているのをさとられないといいのだが。
「何の用?」トラクはきいた。
 イノシシ族の族長の息子アキが、トラクがかかえている枝角を頭でさしながら言った。
「おれのだ。そこにおいておけ」
「ちがうよ。ぼくが見つけたんだ」
 トラクはそう言うと、武器を持っているのを見せるように、かついだ弓を持ち上げ、腰につけた青い粘板岩のナイフに手をふれた。
 アキはそれには無関心なようすで、くりかえした。
「おれのだ」
「盗んだんでしょ」ヤナギ族の少女がトラクに言った。
「きみのなら、何かしるしがつけてあるはずだろ。しるしがあれば、ぼくだってさわらなかったよ」トラクはアキに言った。
「つけたさ。下側にな。おまえがこすって取ったんだろ」
「そんなことするわけないよ」トラクは、うんざりしたように言った。
 そのとき、もっと前に気づいていなくてはいけなかったものが目に入った。一本の枝角の下側にイノシシの牙を描いたらしい紅土が残っていた。耳が熱くなる。
「見えなかったんだ。それに、こすり取ったわけじゃないよ」
「だったら、そこにおいて、消えろよ」ラウトという少年が言った。ラウトは、けんか好きなアキとちがい、いつもトラクを公平にあつかってくれる。
 トラクは、けんかをする気にはなれなかった。そこで言った。
「わかったよ。ぼくがまちがってた。しるしが見えなかったんだ。これはきみのだ」
「そんなにかんたんにすむかよ?」アキがつっかかってきた。
 トラクは、ため息をついた。アキには、前にも出会ったことがある。自分のリーダーシップに自信がなくて、弱い者を暴力でおさえつけようとするタイプだ。
「おまえ、自分が特別だと思ってるんだな」アキはあざけるように言った。「フィン=ケディンに 引き取られたんだもんな。オオカミとも話せるし、〈生霊わたり〉もできるんだってな」
 アキはそう言いながら、あごにまばらに生えているひげにさわった。ちゃんとあるかどうか、確かめようとするみたいに。
「だけど、ワタリガラス族とくらしてるのは、本当は自分の仲間から見放されたからなんだろう。それに、フィン=ケディンだって、おまえを養子にするほどは信用しちゃいない」
 トラクは歯をくいしばって、あたりを見回した。川は泳ぐには冷たすぎるし、川岸にはやつらの 丸木舟がおいてあるから、上流に逃げてもむだだ。いま来た道をもどっても、〈緑の川〉と〈斧の柄川〉の分岐点から先へは行けない。近くには加勢をしてくれる人もいない。レンは、北岸のワタリガラス族の野営地にいる。そこまでは東に歩いて半日かかる。ウルフは夜の狩りに出かけている。
 トラクは枝角を下におき、
「返すって言っただろ」とアキに言うと、歩き出した。
「臆病者!」アキがあざけった。
 トラクは無視した。
 石が飛んできて、トラクのこめかみに当たった。トラクは少年たちの方を向いて、言った。
「だれが臆病なんだよ? 六人で束になって一人を攻撃するのが勇敢なのかよ?」
 前髪の下からにらんでいたアキの顔がけわしくなった。
「だったら、おまえとおれの一対一だ」
 そういうと、アキは胴着をぱっとぬいだ。赤いうぶ毛の生えたたくましい胸がむきだしになる。
 トラクの体がこわばった。
「どうしたの? おびえてるの?」イノシシ族の少女があざわらう。
「そうじゃない」
 トラクはそう言ったが、ほんとうはおびえていた。イノシシ族が、戦うときは上半身はだかになるという習慣を忘れていたのだ。トラクにはできない。胸につけられたしるしが見えてしまうからだ。 
「戦うしたくをしろよ」アキが、はしごをおりてきながら言った。
「いやだ」トラクが言った。
 石がもう一つ飛んできた。トラクはその石をつかんで投げ返した。イノシシ族の少女が悲鳴をあげて向こうずねをおさえた。血が出ている。
 アキの足が、もう少しで地面までとどく。アキの仲間たちも、ハチミツの跡をたどるアリみたいに後に続いておりてくる。
 トラクは枝角を一本つかむと、マツの木の後ろに身をかくし、枝角をいちばん近くの枝にひっかけると、木の上にとびあがった。
「追いつめたぞ!」アキがさけんだ。
 そうはいかない。トラクがこの木を選んだのは、岩壁の近くに立っていたからだ。トラクは枝を伝って、今までアキたちがいた岩だなへと飛び移った。岩だなの上には、石英のかけらや、砥石が散らばっていた。小さなたき火もあり、ヘラジカの皮でつくったバケツにマツヤニを入れたものが、かたまらないように熱い灰にいけてある。上の斜面はそれほど急ではなく、ビャクシンの茂みがそこここに生えているので、登ることもできそうだ。
 飛んでくる石をかわし、自分でも石を投げながら、トラクははしごに駆け寄ると、押した。でもはしごは動かなかった。生皮のひもで岩だなに結びつけてあったからだ。切っているひまはない。
トラクは追いかけてくる者たちをじゃましようと、自分にできる唯一の方法を使った。バケツをつかみ、中身をはしごの上からあけようとしたのだ。
 怒りの声があがり、トラクはびっくりしてバケツを手から落とした。アキは思ったよりすばやく岩だなのすぐそばまで来ていたのだ。そんなつもりはなかったのに、熱いマツヤニがアキの体中にかかってしまった。
 アキは、手負いのイノシシのように吠えながら、はしごを転げ落ちた。
 トラクは、ビャクシンの茂みをつかみながら、尾根に向かって斜面をよじのぼった。
……つづく! 
●クロニクル千古の闇シリーズは、現在、第3巻まで好評発売中!
      ミシェル・ペイヴァー作 さくまゆみこ訳 酒井駒子画 各巻1890円(税込
1.オオカミ族の少年 2.生霊わたり 3.魂食らい
「クロニクル通信」
トップページ
HOME